たしかにそれは大問題でした。なにを? まわりをぐるっと見ても、花やはっぱは目に入りますが、いまのじょうたいで食べたりのんだりするのによさそうなものは、なんにも見あたりません。近くに、アリスと同じくらいのせたけのキノコがありました。アリスはその下をのぞいて、両側を見て、うら側も見てみたので、じゃあついでに、てっぺんになにがあるかも見てやろう、と思いつきました。
つま先立ちになって、キノコのふちから上をのぞくと、その目がおっきないもむしの目と、すぐにばっちりあってしまいました。そいつはキノコのてっぺんにうで組みをしてすわり、しずかにながーい水パイプをすっていて、アリスも、それ以外のなにごとも、ぜんぜんどうでもいい、というようすでした。
5. いもむしの忠告
いもむしとアリスは、しばらくだまっておたがいを見つめていました。とうとういもむしが、口から水パイプをとって、めんどうくさそうな、ねむたい声で呼びかけてきました。
「あんた、だれ?」といもむしが言います。
これは会話の出だしとしては、あんまり気乗りするものじゃありません。アリスは、ちょっともじもじしながら答えました。「あ、あ、あの、あまりよくわかんないんです、いまのところ― ―少なくとも、けさ起きたときには、自分がだれだったかはわかってたんですけど、でもそれからあたし、何回か変わったみたいで」
「そりゃいったいどういうことだね」といもむしはきびしい声で申します。「自分の言いたいことも言えんのか!」
アリスは言いました。「はい、自分の言いたいことが言えないんです。だってあたし、自分じゃないんですもん、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
「これでもせいいっぱいの説明なんです」とアリスはとてもれいぎ正しくこたえました。「なぜって、自分でもわけがわからないし、一日でこんなに大きさがいろいろかわると、すごく頭がこんがらがるんです」
「がらないね」といもむし。
「まあ、あなたはそういうふうには感じてらっしゃらないかもしれないけれど、でもいずれサナギになって― ―だっていつかなるんですからね― ―それからチョウチョになったら、たぶんきみょうな気分になると思うんですけど。思いません?」
「ちっとも」といもむし。
「じゃあまあ、あなたの感じかたはちがうかもしれませんけれど、でもあたしとして言えるのは、あたしにはすごくきみょうな感じだってことです」
「あんた、か!」といもむしはバカにしたように言いました。「あんた、だれ?」
これで話がふりだしにもどりました。アリスは、いもむしがずいぶんとみじかい返事しかしないので、ちょっと頭にきました。そこでむねをはって、とてもおもおもしく言いました。「思うんですけれど、あなたもご自分のことをまず話してくださらないと」
「どうして?」といもむし。
これまたなやましい質問です。そしてアリスはいい理由を考えつかなかったし、いもむしもずいぶんときげんがよくないようだったので、あっちにいくことにしました。
「もどっといで!」といもむしがうしろからよびかけました。「だいじな話があるんじゃ!」
これはどうも、なかなか期待できそうです。そこでアリスは向きをかえると、またもどってきました。
「カッカするな」といもむし。
「それだけ?」とアリスは、はらがたつのをひっしでおさえて言いました。
「いや」といもむし。
じゃあまちましょうか、とアリスは思いました。ほかにすることもなかったし、それにホントに聞くねうちのあることを言ってくれるかもしれないじゃないですか。何分か、いもむしはなにも言わずに水パイプをふかしているだけでしたが、とうとううで組みをといて、パイプを口からだすと言いました。「で、自分が変わったと思うんだって?」
「ええ、どうもそうなんです。むかしみたいにいろんなことがおもいだせなくて― ―それに十分と同じ大きさでいられないんです!」
「おもいだせないって、どんなこと?」といもむし。
「ええ、『えらい小さなハチさん』を暗唱しようとしたんですけれど、ぜんぜんちがったものになっちゃったんです!」アリスはゆううつな声でこたえました。
「『ウィリアム父さんお歳をめして』を暗唱してみぃ」といもむし。
アリスはうでを組んで、暗唱をはじめました。
* * * * *
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人が言いました。
『かみもとっくにまっ白だ。
なのにがんこにさか立ちざんまい― ―
そんなお歳でだいじょうぶ?』
ウィリアム父さん、息子にこたえ、
『わかい頃にはさかだちすると、
脳みそはかいがこわかった。こわれる脳などないとわかったいまは、
なんどもなんどもやらいでか!』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『これはさっきも言ったけど。そして異様(いよう)なデブちんだ。
なのに戸口でばくてんを― ―
いったいどういうわけですかい?』
老人、グレーの巻き毛をゆする。
『わかい頃にはこの軟膏(なんこう)で
手足をきちんとととのえた。
一箱一シリングで買わんかね?』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『あごも弱ってあぶらみしかかめぬ
なのにガチョウを骨、くちばしまでペロリ― ―
いったいどうすりゃそんなこと?』
父さんが言うことにゃ
『わかい頃には法律まなび
すべてを女房と口論三昧
それであごに筋肉ついて、それが一生保ったのよ』
『ウィリアム父さんお歳をめして』とお若い人、
『目だって前より弱ったはずだ
なのに鼻のてっぺんにウナギをたてる― ―
いったいなぜにそんなに器用?』
『質問三つこたえたら、もうたくさん』と
お父さん。『なにを気取ってやがるんだ!
日がなそんなのきいてられっか!
失せろ、さもなきゃ階段からけり落とす!』
* * * * *
「いまのはまちがっとるなあ」といもむしは申しました。
「完全には正しくないです、やっぱり」とアリスは、ちぢこまって言いました。「ことばがところどころで変わっちゃってます」
「最初っから最後まで、まちがいどおしじゃ」といもむしは決めつけるように言って、また数分ほど沈黙(ちんもく)がつづきました。
まずいもむしが口をひらきました。
「どんな大きさになりたいね?」とそいつがたずねます。
「あ、大きさはべつにどうでもいいんです」とアリスはいそいでへんじをしました。「ただ、こんなにしょっちゅう大きさが変わるのがいやなだけなんです、ね?」
「『ね?』じゃない」といもむしが言います。
アリスはなにも言いませんでした。生まれてこのかた、こんなに茶々を入れられたのははじめてでした。だんだん頭にきはじめてるのがわかります。
「それでいまは満足なの?」といもむしが言いました。
「まあ、もしなんでしたら、もうちょっと大きくはなりたいです。身長8センチだと、ちょっとやりきれないんですもの」
「じつによろしい身長だぞ、それは!」といもむしは怒ったようにいいながら、まっすぐたちあがってみせました(ちょうど身長8センチでした)。
「でもあたしはなれてないんですもん!」とかわいそうなアリスは、あわれっぽくうったえました。そしてこう思いました。「まったくこの生き物たち、どうしてこうすぐに怒るんだろ!」
「いずれなれる」といもむしは、水パイプを口にもどして、またふかしはじめました。
アリスはこんどは、いもむしがまたしゃべる気になるまで、じっとがまんしてまっていました。一分かそこらすると、いもむしは水パイプを口からだして、一、二回あくびをすると、みぶるいしました。それからキノコをおりて、草のなかにはいこんでいってしまいました。そしてそのとき、あっさりこう言いました。「片側でせがのびるし、反対側でせがちぢむ」
「片側って、なんの? 反対側って、なんの?」とアリスは、頭のなかで考えました。
「キノコの」といもむしが、まるでアリスがいまの質問を声にだしたかのように言いました。そしてつぎのしゅんかん、見えなくなっていました。
アリスは、しばらく考えこんでキノコをながめていました。どっちがその両側になるのか、わからなかったのです。キノコは完全にまん丸で、アリスはこれがとてもむずかしい問題だな、と思いました。でもとうとう、おもいっきりキノコのまわりに両手をのばして、左右の手でそれぞれキノコのはしっこをむしりとりました。
「さて、これでどっちがどっちかな?」とアリスはつぶやき、右手のかけらをちょっとかじって、どうなるかためしてみました。つぎのしゅんかん、あごの下にすごい一げきをくらってしまいました。あごが足にぶつかったのです!
いきなり変わったので、アリスはえらくおびえましたが、すごいいきおいでちぢんでいたので、これはぼやぼやしてられない、と思いました。そこですぐに、もう片方をたべる作業にかかりました。なにせあごが足にぴったりおしつけられていて、ほとんど口があけられません。でもなんとかやりとげて、左手のかけらをなんとかのみこみました。
* * * * *
* * * *
* * * * *
「わーい、やっと頭が自由になった!」とアリスはうれしそうにいいましたが、それはいっしゅんでおどろきにかわりました。自分のかたがどこにも見つからないのです。見おろしても見えるのは、すさまじいながさの首で、それはまるではるか下のほうにある緑のはっぱの海から、ツルみたいにのびています。
「あのみどりのものは、いったいぜんたいなにかしら? それとあたしのかたはいったいどこ?それにかわいそうな手、どうして見えないのよ!」こう言いながらも、アリスは手を動かしていましたが、でもなにも変わりません。ずっと遠くのみどりのはっぱが、ちょっとガサガサするだけです。
手を頭のほうにもってくるのはぜつぼうてきだったので、頭のほうを手までおろそうとしてみました。するとうれしいことに、首はいろんな方向に、ヘビみたいにらくらくと曲がるじゃないですか。ちょうど首をゆうびにくねくねとうまく曲げて、はっぱの中にとびこもうとしました。そのはっぱは、実はさっきまでうろうろしていた森の木のてっぺんにすぎませんでした。するとそのとき、するどいシューっという音がして、アリスはあわてて顔をひっこめました。おっきなハトが顔にとびかかってきて、つばさでアリスをぼかすかなぐっています。
「ヘビめ!」とハトがさけびました。
「だれがヘビよ!」とアリスは怒って言いました。「ほっといて!」
「やっぱりヘビじゃないか!」とハトはくりかえしましたが、こんどはちょっと元気がなくて、なんだか泣いてるみたいでした。「なにもかもためしてみたのに、こいつらどうしても気がすまないんだからね!」
「なんのお話だか、まるでさっぱり」とアリス。